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潜水服は蝶の夢を見る

2008.03.12 (Wednesday)

ジュリアン・シュナーベル監督は新表現主義の画家として著名なだけあり、普通の映画っぽくない独特の映像処理をしているようにみえるが、流石にわざとらしさがない。
ノスタルジックに黄色がかったフィルター、フォーカスやフレームを外すカメラ..
大事な場面で相手の姿や顔が切れているのは、実生活ではリアルな映像なのかもしれない(わざと目をそらすこともある)。
また、記憶とも深く結びついていることでもある。記憶の中では、物理的な大きさとは無関係で強い印象のものはアンバランスに大きくなっている気がする。

冒頭30分位は、左目の瞬きだけしか運動機能を残していない主人公ジャン=ドーの目線になっている。
自分の言葉が発せられていないことに気付き、瞬きできない右目を縫合され、拭けない涙が視界をモザイクみたいに曇らせ、変わり果てた自分の姿を病院の窓で初めて確認する。吐きそうな程、強烈な疑似体験である。

サポート側にとっては途方もないことだが、本人にとって瞬きで本を書いたことは特殊なことではなかったのかもしれない。制限=自由度が少ない、というのは全く違い、それを打破する慮外の力が発揮される。逆に、不自由がなく比較するものもない中で、自分を信じて一つのことをやり通すというのは難しいことである。

最後、擬似的に自分だった彼が亡くなることに戸惑ってしまう。その戸惑いこそがジャン=ドーからのメッセージで、放たれた中で目でない目を使って手探り挑め!自分だけの境地を見付けろ!と叱咤されている気がした。

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