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忘れられてしまう曲
どこかに行って、誰かに会って、「忘れられない」思い出になることは、人との関係においては素晴らしいことかもしれない。
しかし、個人にとってはそれ程大事なことではないのかもしれない。
呼び出そうとすればすぐ呼び出せて、自己を構成する層の「うわべ」にあるもののような気がするのだ。
誰かに自分を簡単に説明する時に使う部分、というか。
それに対して、「忘れられてしまうこと」は、実はその人の正体になり得る重要なものかもしれない。
街を歩いていて、見かけた看板やすれ違う人の香水や安物のスピーカーの音がたまたまフラッシュバックさせた、それまで思い出したこともない記憶。
それらは、全く忘れられていた訳ではなく、自分の奥深くに仕舞われて潜在的に自分をコントロールしたり構成したりしている部分なんじゃないか。
もっと言えば、「二度と思い出されない記憶」こそが最も純粋にその人の核をつくっているのかもしれない。
本当のことは、もぐらが地表に顔を覗かせるみたいに軽々しくはないのだ。
言葉にはできないけど理解し、なぜかわからないけど泣き、意味はないけど笑う。
そんなことができるのは、深層にあるぼんやりした「あの感じ」が作用しているからだ。
先月、小旅行でそんなことを考えた。
そこでだ、それを音楽に置き換えれば?
メロディなり、コード感なり、音色なり、どこかでその曲にインパクトを付けて、覚えやすいものにしよう。
音楽家なら、そう思ったことはあるだろう。
そうやって覚えてもらえる音楽は、浅くて短命なのかもしれない。
きいた人の無意識に潜り込み、その人の中で徐々に発酵される曲というのは強力だ。
人格にすら影響を及ぼしかねないパワーを持つ。
インパクトを付けない、ということではない。
ただあっさりしたものにすればいい、ということでもない。
とても難しいけど、今後作曲の目標にする指針のひとつになった。
それができれば、年相応の大人の音楽がつくっていける気がする。
