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ロボ声の本当の理由

08.10.06 (Monday)

AUTUMN SESSION...」のプロモで、ニッポン放送、文化放送、サエキけんぞうさんのpodcast、高橋雅人さんのradio freedomなど、いくつか番組出演した。
「ROBO*BRAZILEIRA」というキャラクターが設定されて以来、今回もよく「なぜロボットヴォイスで歌うのですか?」と質問される。

繰り返し同じ質問に答えるうちに、同じ答えが自分の中で用意されてしまっている。

ロボ声を使った音楽が子供の頃から周りにあって、そのコントラストで機械的なテクノよりは土着的なブラジル音楽に合わせると面白いと思い付いた。Atom Heartの変名LB名義の「Pop Artificielle」を1999年にきいたのも、大きく影響している。云々。

しかし、それは音楽的な表層に関する、所謂パブリックな答えだ。
自分の中で本当に考えていることは、違う。
(ラジオなどではディープになってしまうので、話しづらい。)

それは何かと言うと、他でもない人間をよく観察する視点を持ちたい、ということだ。
外部からの観点を持つことで、取りも直さず自分たちのことがよくわかるはずだ、と思っている。

ロボット技術や開発には、興味がない。
自分たちを客観的に観る立場がほしいだけだ。
僕が関心があるのは、何より人間である。

なぜ、放っておくと殺し合いが始まるのか?
なぜ、してはいけないセックスの方に燃えるのか?
なぜ、あっと言う間に消えてしまう誰かがつくった値打ちにこだわるのか?

その訳を僕は知りたい。

以前、「Samba Humano」(人間のサンバ)という曲を書いた。
人間以外にはサンバはやらないのでおかしなタイトルだが、この曲はその探求だ。

私たちは一体誰なのか?
私たちはどこに向かっているのか?
私たちは何を探しているのか?
私たちはなぜここに居るのか?

全歌詞はこちら

だから、そのビューポイントはロボットでなくてもよかったのである。
犬でも、森でも、宇宙人でも..
僕はスタンリー・キューブリックを尊敬しつつも、何を考えているかがよく理解できる同胞のような気持ちも持っている。

もう少し話を広げると、クリエーターはみんなそうなんじゃないかとも思う。
何か別のものに視点を移すことで、自分が強調したいことを引き延ばし展開させる。
そのままだと他人には理解できないバランスの情操を、ある程度決まった機構と尺度でまとめたものがアート作品と言えるんじゃないか。
(最後まで理解されないものもあるが、それはそれでいいと思う。)

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