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Waterloo Bridge(哀愁)の真相
この1940年制作のクラシック映画が、なぜ今僕の心を捉えたのかわからない。
結婚を約束した相手が戦死したという報を受けて錯乱したからにしろ、どうやっても生計が成り立たなかったからにしろ、いかなる理由があったとしても、売笑してしまったことの自責と悔恨が自分の中で雪だるまのように徐々に大きくなり、しまいに自殺してしまう可憐な女性。
というのが、美しい物語の捉え方だろう。
Vivien Leighの印象しか残らない程存在感に溢れる繊細な演技も、ストーリーにしっかり寄り添っている。
僕はちょっと違う風に思った。
彼女を自殺まで追いやった本当の理由は、自分が愛されていないと知ったことだ。
婚約者である将校のあまりに性急な求婚、「顔を忘れていた」という言葉等。
相手にこだわりはなく、誰かとの結婚自体が目的であるかのようだ。
また将校は、戦死したという報を受けて彼女が廃人のようになっている、という情報を母からきいたはずだ。
ならなぜ、「それは誤報で、自分はちゃんと生きているから安心しろ」と彼女に伝えなかったのだろう。
彼女を愛していれば、何としてでもそれを伝えることを最優先したはずだ。
客を取る彼女と偶然戦地から帰った将校が駅で再会した時のちぐはぐな感じは、彼女が娼婦として道行く男に色目を使っていたことを見られて困惑しているからではない。
どうして生きているならそれを教えてくれなかったのだろう、という懐疑から来る戸惑いである。
から元気に振る舞う将校も、白々しく感じられる。
なにかい?ここで偶然会わなかったらそれまでだったの?結婚の約束はそんなものだったの?と。
ダンサーである彼女に対する将校の身内の冷ややかな差別もしっかりガードしきれていない印象もある。
行方不明になった彼女を探す将校の、彼女はもうどうしても見付からないだろう、という諦め。
そういう、愛されていないかもという疑問を膨らませる材料がそれを確信に変えてしまったから彼女は死んだ。
シーンやパワーバランスは少なく、あまりそこら辺に目線が行かないようになっているが、話の本筋はそこだと僕は思った。
そう思うと、本当に不憫で、涙を誘う悲しい話である。
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この映画全編に渡り色を添えているこの曲の優美なワルツヴァージョンを、まだ幸せだった頃のまさにこのシーンの台詞も併せて、アルバムの最後に敬意をこめオマージュとして収録する。
スコットランドのSophieさんに歌ってもらった。
原題「Auld Lang Syne」とは、英語だと「Old Long Since」、日本語だと「久しき昔」。
「my dear」(恋人よりは友人)と、旧交を温める歌詞である。
