Slow Comedy Factory
須田泰成さんが先日開店された、Slow Comedy Factoryへ。
ほぼ全品300円の野菜&スパム(モンティ・パイソン好きなら!)料理もうまくて元気になる。
最高のビールだと思うOrvalなど、ベルギービールも充実。
そして何より居心地がいい。集まっている面白い人と交流するもよし、書斎級に積まれた本を読むもよし。
須田さんの広くボーダーレスな感覚が詰め込まれたオープンスペースである。
ということで、ついつい飲み過ぎ。
Permalinkinfo 2008.10
ライブとリリースのお知らせです。
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□ 2008.11.1(土)19:00-21:00
[AUTUMN SESSION... OFFICIAL RELEASE LIVE]
at: Tower Cafe(恵比寿)
cost: 1,500円(w/ 1drink)
アルバム「AUTUMN SESSION...」オフィシャルリリースライブ。もちろん全曲披露。
さらにソロ楽曲や未発表曲なども含まれる、プレミアムなライブになります。
タワーカフェのおいしいご飯とお酒と共に、ちょっと贅沢な時間を!
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□ Pecombo + TOSHIYUKI YASUDA: AUTUMN SESSION... [CD]
MEGADOLLY MD0805 ¥2,310(税込) 2008.9.6(土)発売
それぞれのオリジナルアルバムからの人気曲を、リアレンジ・オール新録したベスト盤的ニューアルバム。ハッピーでお洒落なPecomboの5人+安田寿之によるブラジル音楽を歌う架空ロボット「ROBO*BRAZILEIRA」(Senor Coconut新作でもフィーチャー)の胸キュンなデュエット。ピアノ・アコーディオン・ギター・Sine波・TR-606...アナログ/デジタルの境を超えて選び抜かれたピースな音色。秋から冬へ移ろう季節のようなほろりとした切なさと、幸せな余韻。
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■ LIVES
□ 2008.10.26(日)16:00-
[Earth Garden]
at: 代々木公園
cost: Free
□ 2008.11.9(日)15:00-20:00
at Terminal Lounge(高輪)
cost: 2,500円
□ 2008.11.24(月・祝)20:00-
at Apple Store 渋谷
cost: Free
■ RELEASES
□ Various Artists: Incense [CD]
2008.9.24(水)発売
「AUTUMN SESSION...」収録「Alcoolico」オリジナルヴァージョン収録
□ Trip in BRAZIL [CD]
2008.11.5(水)発売
プロサッカープレイヤー、田中マルクス闘莉王選手フィーチャー曲を作曲・プロデュース
次作はピアノ曲集になりそうです。
デジタル配信でまず発売予定です。
お読みいただき、ありがとうございます。
充実の秋を!
健康グッズ新旧交代
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デザインはともかく、今時の体重計はすごいね。
3秒位で色々測れて、グラフもできる。
内臓脂肪 3.0
BMI 20.5
体脂肪率 11.7%
筋肉量 49.25kg
推定骨量 2.7kg
基礎代謝 1428kcal/日
体内年齢 18才
体水分量 60.3%
週2スイム+週1ジョグのおかげで、半分位の歳!
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オリンピックを見ていても思ったけど、運動は根性というのは全く古く、機材で発達することが多くを占めている。
ということで?、反発力が推進力になるシューズに新調。
泳ぎながら音楽をきけるグッズがあればなあ。
話せば長くなるが、いい音楽をつくるために体力は不可欠なのである。
Permalink能動的な器官としての耳

先日、聴力を数日なくし思ったことを書いたら、友人の音楽家の池田洋一さんが興味深いページを教えてくれた。
耳という器官について僕たちが持っている概念を、根本から覆す原則が用いられている。
僕たちは、空気振動を受け入れる受動的な窓口として、耳を捉えている。
しかし、何と耳自体が「参照音」を「発して」いて、それと受信した空気振動を組み合わせて音像を認識している、という理論が前提になっている。
それを再現する録音物をきくと、立体的な音像が頭の中で再現される。
あのマイケル・ジャクソンの「BAD」にも使われている。
驚くことに、その再現はヘッドフォンでもスピーカーでも、そしてステレオでもモノラルでも可能とのこと。
スピーカー自体を多数並べて音像をつくる「サラウンド」などというテクノロジーは、幼稚なのかもしれない。
少し発展させると、どういうフォーマットの音であってもこちらが「参照音」を柔軟に変化させることでそれを認識できるのでは、と推測できる。
つまり、入ってくる空気振動が可聴音でなくとも、そして受け入れる側が聾であっても、音そして音楽は認識できるのではないだろうか。
これを使えば、補聴するのではなく「参照音」を作って聾者をガイドするかたちの新しい補聴器が開発できそうだ。
また訓練すれば、見えも聞こえもしないで近づいてくる危険物を察知できるようになるかもしれない。事故防止とか?
しかし、悪用についても恐ろしいことはいくらでも思いつく。
洗脳のようなことは、いとも簡単にできそうだ。
地震予知にも応用できるとされるが、これを開発した神経生理学者Hugo Zuccarelliは昨今軍と関与しているとのこと。
ぼんやりだが、個人/大衆の情操コントロールからアンタッチャブルな自然や万象を扱うことまでできてしまう、危険な技術に発展させられる気がする。
それを悪用させないために軍によって保護/機密にされている、ということを祈りたい。
やはり、サラウンドは押し付けがましいのでモノラルでやってみました、とか位が平和なのかもしれない。
Permalink聴力をなくす
別に隠している訳でもないし、誰彼構わず人に言う訳でもないが、右耳がほとんどきこえない。
中学の時の事故で鼓膜が破れて、そのまま再生しなかった。
日常生活で支障はないが、何もそんな耳を持って自分でミックスまでする音楽家になることもなかろうに、とは言わないでほしい。
僕の曲で高音が変に左に寄っていたり、誰かと横に並ぶ時に右に行きたがるのは、それが原因だ。
そんなこともあって、「-MONOPHONIC-ENSEMBLE-」で「One Ear Enough」という曲をつくったりもした。
それはいいんだが、ここ数日左耳もきこえなくなって本当に参った。
風邪を引く時は弱いところから引くので、僕は必ず耳のきこえが悪くなるところから始まる。でもそれは大概1日で、喉や鼻に症状がすぐ移行する。
今回のウイルスが軽かったのか、症状が最初の耳の段階で中途半端に止まって進まない!
無音ならまだいいが、「イレイザー・ヘッド」の嵐のような耳鳴りが止まらず、そのうち平衡感覚がやられて目眩がするようになった。酔っぱらった時みたいに、目の前がぐるぐる回ってまっすぐ歩けない。
音をきくと、位相がおかしくて気が狂いそうだ。スピーカーの前になんて、とても居られない。
打合せで人と話す時、自分がどの位の大きさと調子で話しているのかわからないので、不安になる。何度も「え?」ときき返してしまう。
これが一生続いたらもう俺は終わりだ、と恐ろしくなった。
5日程経った朝、その厄介なヴェールは取れて、片耳だけがほとんど無能な元の自分に戻っていた。
この体験の訓諭は何か?
もちろん、勉強して知識を得たり、鍛えて筋肉を付けることは怠りたくない。
しかし、基本的に僕は人間の「容量」のようなものは一定だと思っている。
つまり何かを失うと別のもので補うだろうし、何かを選んで得たら別のものを無くすはずだ。
僕が音楽をつくる源泉になっている大方のアイディアも、「あえて何かを無くして、際立たせるものをつくる」ということだったりもする。
もし両耳を失ったら、五線紙に向かって音符を並べ、記憶を辿ってそれをかたちにすることだろう。
その時鳴り出す音楽は、今つくっている音楽より劣るものだろうか、という疑問である。
ロボ声の本当の理由
「AUTUMN SESSION...」のプロモで、ニッポン放送、文化放送、サエキけんぞうさんのpodcast、高橋雅人さんのradio freedomなど、いくつか番組出演した。
「ROBO*BRAZILEIRA」というキャラクターが設定されて以来、今回もよく「なぜロボットヴォイスで歌うのですか?」と質問される。
繰り返し同じ質問に答えるうちに、同じ答えが自分の中で用意されてしまっている。
ロボ声を使った音楽が子供の頃から周りにあって、そのコントラストで機械的なテクノよりは土着的なブラジル音楽に合わせると面白いと思い付いた。Atom Heartの変名LB名義の「Pop Artificielle」を1999年にきいたのも、大きく影響している。云々。
しかし、それは音楽的な表層に関する、所謂パブリックな答えだ。
自分の中で本当に考えていることは、違う。
(ラジオなどではディープになってしまうので、話しづらい。)
それは何かと言うと、他でもない人間をよく観察する視点を持ちたい、ということだ。
外部からの観点を持つことで、取りも直さず自分たちのことがよくわかるはずだ、と思っている。
ロボット技術や開発には、興味がない。
自分たちを客観的に観る立場がほしいだけだ。
僕が関心があるのは、何より人間である。
なぜ、放っておくと殺し合いが始まるのか?
なぜ、してはいけないセックスの方に燃えるのか?
なぜ、あっと言う間に消えてしまう誰かがつくった値打ちにこだわるのか?
その訳を僕は知りたい。
以前、「Samba Humano」(人間のサンバ)という曲を書いた。
人間以外にはサンバはやらないのでおかしなタイトルだが、この曲はその探求だ。
私たちは一体誰なのか?
私たちはどこに向かっているのか?
私たちは何を探しているのか?
私たちはなぜここに居るのか?
全歌詞はこちら。
だから、そのビューポイントはロボットでなくてもよかったのである。
犬でも、森でも、宇宙人でも..
僕はスタンリー・キューブリックを尊敬しつつも、何を考えているかがよく理解できる同胞のような気持ちも持っている。
もう少し話を広げると、クリエーターはみんなそうなんじゃないかとも思う。
何か別のものに視点を移すことで、自分が強調したいことを引き延ばし展開させる。
そのままだと他人には理解できないバランスの情操を、ある程度決まった機構と尺度でまとめたものがアート作品と言えるんじゃないか。
(最後まで理解されないものもあるが、それはそれでいいと思う。)
この3人の共通点は?

・なぜ、松尾芭蕉は奥の細道紀行を早く終わらせたのか?
・なぜ、ナポレオンはワーテルローの戦いに敗れたのか?
・なぜ、この夏目漱石は少し後ろに反って、心ここにあらずなのか?
知りたい方は、中野裕之プロデュース短編映画集「男たちの詩」を観てみて下さい。
東京都写真美術館にて10/3まで。1,000円!
これに含まれる「スパゲティナポリタン」のテーマ曲クレジットは以下。
ギター:助川太郎(メヲ・コラソン)
歌:Hacchan'+Waka(Pecombo)
作曲・プロデュース、その他楽器:安田寿之
ROBO*BRAZILEIRAから「Nunca Mais」も、エンディング曲として使われています。
PermalinkCate Blanchett
何となくまだ観ていなかったので、Jim Jarmusch「Coffee and Cigarettes」をレンタルした。
よくあることだが、忙しくなって結局観るのが返す日になった。
その日は夜にライブで、朝から観る。
ライブ前に朝から観る感じの映画ではなかったが、夜に酒を飲みつつという風でもなかったので、まあいい。
短編が並ぶ。
久々に会って「やあ!」と最初元気だが、色々話しているうちに元気がなくなってくる微妙さが全作共通していて、とてもリアルで面白かった。
パズルをはめるような作り手の楽しさが、こちらに伝わってくる。

有名女優と落ちぶれ気味の女同士のいとこが登場する「Cousins」という作品が、何か気になった。
他の作品と同じように、勘違いやすれ違いがあって気まずくなるのは同じだが、変な感触を残した。
そこで、クレジットをよく見てみると..
やっぱり!Cate Blanchettの一人二役だ!
すごすぎる!
これは、今まで見た中で一番すごい二役かもしれない。
「Babel」でのBrad Pittと冷めた夫婦も好演だったが、見ているうちにCate Blanchettではなく、その役の人に完全に見えてくる。
このクレバーな感じは、Meryl Streepにも似ている。
今更ながらファンになった。
TY Productions
先日高橋雅人さんのRadio Freedomで、僕の歴代作品特集をしていただいた。
自分でcollectiveにきくことはないので、色々やっていたんだな、とこれを機にiMixをつくってみた。
世界でがっかり10位、夏のあがき、思考停止する魅惑
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8.23@富士山
がっかりした観光地の世界で10番に入る、と後からきいて納得。
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8.31@京都行き新幹線
久々の京都ライブへ。新幹線も同じく。
夏のあがき。なだらかな稜線にかかる入道雲。
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9.12@ラゾーナ川崎
巨大ショッピングモールにてライブ。全国展開するチェーン店のみ300店。
元々辺りにあった店が入っている様子もない。
消費することで自己認識したり安心したりする「オブセッション」に基づいたコングロマリット。
そんな昭和的概念に飲み込まれて思考を停止する魅惑に、一瞬取り付かれそうになる。
ルーチンワークの仕事をし、世俗的に家や車を購入し、週末に巨大モールに出掛ける、「仮想の自分」。
それはパズルの一欠片をなくすと、全てを失ってしまうだろう。
目の前が大変に思えても自分の頭で考えようとする、「今ここにいる自分」でいい。
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明日はエレキテルナイトというイベント。


